EリキシャはインドEV市場でリープフロッグ現象を引き起こすか
上席主任研究員 山元哲史
新興国がインフラの未整備状況を逆手に取り、先進的技術やサービスを導入することで先進国を一気に追い越す現象を「リープフロッグ現象」というが、インドの電気自動車(EV)市場でこうした可能性を感じるものに3輪電気自動車(Eリキシャ)がある。現在、インドで拡大するEリキシャの動向を手掛かりに、インドにおけるEV市場形成の可能性について展望してみたい。
モディ政権が電動車普及に向けてはなった「3本の矢」
インドの4輪車市場は19年380万台(前年比87%)と低迷したが、ドイツに次ぐ世界第5位市場であり、2030年には1000万台市場に達するという予測もある。また、2輪車(2.1千万台)や3輪車(オートリキシャ、70万台)も世界最大級の市場を擁している。量的拡大とともに、モディ政権が重視するのがエネルギー安全保障問題(石油輸入からの脱却)や環境問題の解決であり、その達成手段の柱をEVと位置付けている。
同首相は2019年に入り、電動車(EV、HV等)の普及・振興政策を矢継ぎ早に打ち出した。主な3つの施策の内容は、①電動車購入補助(FAME2;Faster Adoption and Manufacturing of Hybrid & Electric Vehicles 2)、②電動車関連部品の国産化(PMP;Phased Manufacturing Program for xEV)、③2次電池産業の育成・振興(「移動手段と蓄電に関する全国ミッション)」計画)、である。特に電動車の肝となる電池産業については、脱・中国製電池を狙い、支援内容を大幅に拡充する計画である(向こう10年間で約1千億円強の助成・支援を計画中)。
また、全量EV化のデッドラインも明言しており(24年:3輪車、25年:2輪車(150㏄以下)、26年:4輪車(商用ユース))、4輪車については現時点で30年のEV比率30%を掲げている。実現性には疑問符がつくものの、政府の本気度が伝わってくる。
ラストマイル・モビリティのEリキシャがEV市場を牽引
インドにおけるEVの累計販売台数は76万台(19年3月時点*1)であり、うち3輪EVが80%を占め、EV市場形成の牽引役を担っている。
その背景として、モディ政権による強い政策誘導がある。上記の電動車購入補助策「FAME2」を見ると政府の優先順位は明らかである。例えば、向こう3年間で4輪EV・HVへの補助金支給の上限台数はわずか5.5万台なのに対し、3輪EVが同50万台となっている。4輪EVの普及は後回しで、当面、3輪EVの普及に主眼を置いた施策となっている(*2)。
また、インドではオートリキシャは民間タクシーとして、大都市から農村に至るまで安価な庶民の主要な輸送手段、ラストマイルの移動方法として広く利用されており、比較的決まったエリアで一定距離(1乗客当り平均10km程度)を走行するケースが多いため、EV化による短い航続距離や充電インフラの課題等もクリアしやすい。
さらに、既存(エンジン)車が排ガス規制の厳格化等により価格が上昇していることもあり、車種によっては充分な価格競争力を持つ商品も出てきている。電池国産化等による電池コスト低減が実現されれば、現在販売されている既存3輪車がEVに順次移行する可能性も一層高まるだろう。
日本発のEVベンチャーもEリキシャ普及の一翼を担う
上記の政府の手厚い電動化政策の導入により、3輪EV市場には、既存のローカル大手メーカー(バジャージ社、マヒンドラ・エレクトリック社等)に加え、新興EVメーカーの新規参入も相次いでおり、彼らを軸に設立されたインド電気自動車工業会(SMEV)が、政府の電動車政策を加速させるべく、積極的に働きかけを行っている。
その中で、日本発の2輪・3輪EVベンチャーである「テラ・モーターズ」もEV普及に向けて奮闘している。同社は10年に創業後、インドの他、ネパール、台湾、バングラディシュ等の主にアジア新興国において、2輪・3輪EVの製造・販売事業を展開している。インドでは、製造拠点の他、250店舗の販売網を構築し、3輪EVでは業界首位(19年の販売台数は1.5万台、シェア15%)となり、市場拡大の一翼を担っている。同社の上田社長は、「日本にいるとなかなか伝わらないかもしれないが、インド政府の電動車にかける意気込みは本気だ。大手メーカーに比べてクイックに動ける当社にとっては大きなチャンス」とコメントしている。
今後の展望
世界的に見てEVをはじめとする電動車の普及は不可逆的な潮流であるが、インドの3輪EV市場の今後を展望する際、その可能性と課題の両面に目を向ける必要がある。
可能性としては、①エネルギー安保や環境問題等の構造的課題のソリューションとして一定のEV需要(含む政策誘導)が見込まれること、②販売価格、航続距離、充電インフラといったEVの3大弱点を克服できる可能性が高いこと、③大手メーカーに加え、ベンチャー企業の新規参入により活発な競争を通じた市場拡大が見込まれること、等である。一方、課題としては、①発電ミックス(電気をどう生成するか)や電力供給問題、②電池リサイクル、③車体の安全性(*3)、等があげられる。
これらの課題はあるものの、身近な国民の足「ラストマイル・モビリティ」として定着している3輪車(商用車)からEV市場の形成を企図するインド政府の取り組みは理にかなったアプローチといえる。その意味で、インドの3輪EV市場形成の成否は、同国政府が掲げる30年4輪EV比率30%達成(リープフロッグ現象)や、他の新興国での安価で利便性の高いEV市場形成を占う1つの試金石となるだろう。
*1:インド電気自動車工業会(SMEV;Society of Manufacturers of Electric Vehicles)調べ)。
*2:2輪EVについても同様に普及拡大を進めているものの、リチウムイオン電池搭載により販売価格が上昇し、補助金支給後も価格競争力が弱く(既存車より20~30%割高)、航続距離の短さ(既存車の約3分の1程度)など使い勝手の悪さもあり、費用対効果に非常にシビアなインド人に受け入れられる可能性は低いと予想される。
*3:3輪EVのカテゴリーには、Eリキシャ(制限時速25km/h)、Eオート(同・時速50km/h)の2種類があり、後者については現時点で市販車はないものの、より高い安全性が必要となると見込まれる。
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