2020年 台湾総統選挙現地レポート
2020年1月23日
主事研究員 高橋 あゆみ
1. 台湾総統選 争点
今回の台湾総統選挙の最大の争点は「中国とどう向き合うのか」。
香港でのデモを受け、中国の主張する「一国二制度」への危機感が特に台湾の若者の間で強まる中、有権者の最大の関心は「台湾の主権・民主主義を守れる政権であるか」に集まった。
2. 現地の様子(投票前夜)
1月10日の夜、台北市の総統府前で行われた与党 民進党の選挙前最後の集会を観に行った。
メインステージの他、メインステージの様子を投影するスクリーンが何か所も設置され、非常に多くの人が集まっていた。集まった人々の構成で目立ったのは20-30代の若年層で、蔡政権の支持者に若年層が多いこと、また台湾の若い有権者の政治への関心の高さがよく現れていた。
香港の民主化を訴える「光復香港」の旗を掲げる人もいた。
集会の終盤には蔡英文総統と副総統候補の頼清徳氏が登場し、年金改革や同性婚の合法化など4年間の実績をアピールした。また、翌日の投票日に投票に行くように有権者に強く訴えていた。
台湾の選挙では民進党・国民党それぞれの強固な支持者ではない中間層が選挙の行方を握るとされ、今回の選挙では投票率が低いほど野党国民党に有利な結果になる、と見る向きが選挙前には多くあった。
総統選挙では蔡総統の再選が確実視される中、民進党執行部や支持者の中に立法院で民進党の議席が過半数割れする可能性への強い懸念があることがうかがわれた。
3. 選挙結果
【総統選】
民進党の蔡英文・頼清徳ペアが817万票(史上最多得票数)を獲得し圧勝。対する国民党の韓國瑜・張善政ペアの得票数は552万票、親民党の宋楚瑜・余湘ペアは61万票だった。
<背景分析① 総括>
香港デモを背景に台湾でも自国の主権に対する危機感が意識される中、「台湾の主権・民主主義を守る」と明言し、中国に対して一国二制度を拒否するという明確な姿勢を示した蔡英文総統への支持が拡大した。
対する最大野党 国民党の韓國瑜高雄市長は、「台湾安全、人民有銭(台湾が安全であってこそ、市民が豊かになる)」と訴えたものの、中国が主張する「一国二制度」に対する明確な意思表示をすることができず大敗を喫した。
国民党政権下の中国との良好な関係が台湾経済にプラスに働く、という経済面でのメリットのアピールも、蔡政権の第一期の経済が堅調だった中で説得力に欠けた。
<背景分析② 16年5月の民進党政権発足からの主な流れ>
16年5月から政権を担った与党民進党は、「第1期目の中間評価」「総統選の前哨戦」とされる18年11月の地方統一選挙で、長年の地盤であった南部で首長ポストを減らすなど大敗した。
主な敗因は、民進党政権が実施した労働基準法改正で導入された複雑な「一例一休*1」制度への不評、公務員優遇を是正した年金制度改革への既得権層からの反発、経済が堅調な中でも一般市民が景気改善を実感できなかったことへの不満などであった。地方統一選挙の翌12月の蔡氏の支持率は24%にまで低下し、20年選挙での再選は絶望視された。
蔡氏は、19年1月2日に中国が「一国二制度の台湾版」についての対話を台湾に呼び掛けたことに対し、「台湾は断固として『一国二制度』を受け入れない」と同日中に反論。迅速で毅然とした対応が評価され、支持率は35%まで回復したものの、その後の支持率の上昇には至っていなかった。
長年民進党が維持してきた南部の高雄市長ポストを18年11月の地方統一選挙で獲得した韓國瑜氏は、国民党の同選挙大勝の立役者となり、そのままの流れで20年総統選挙の国民党公認候補となった。
筆者が19年5月に現地出張した際は、与野党の総統選候補者は確定していなかったものの、「20年の選挙では国民党が政権に返り咲く」とみる向きがほとんどであった。
*1…法定休暇週1日に加え、もう1日は労使の話し合いで出勤可能とする制度で、休日出勤させた際の手当等で人件費負担が増加した経営者、完全週休2日制を導入したい労働者、休日の増加で収入が減少した労働者など、様々な立場からの不満が相次いだ。
<背景分析③ 選挙情勢の転換点>
台湾の総統選挙では常に「中国とどう向き合うか」が重要なテーマの1つとなるものの、その時々の状況に応じてその重要度合は変化する。
16年の総統選挙では、当時の馬英九政権(国民党)に対して「中国に傾斜しすぎている」との警戒感が高まり、民進党への政権交代に繋がったが、18年11月時点では、中国が台湾の主権を侵害するという具体的な危機感は台湾国内には色濃くなく、「中国とどう向き合うか」よりも「景気回復(の実感)」がより関心の高いテーマであった。
しかし、19年3月に始まり、同年6月に本格化したいわゆる「香港民主化デモ」以降、「中国とどう向き合うか」は台湾の有権者にとって最重要テーマとなった。
蔡氏の支持率は急上昇し、韓氏の支持率を逆転した。蔡氏はデモの本格化後、早々に香港の民主派を支持する姿勢を表明し、一国二制度の断固拒否を繰り返し明言することで支持率を維持した。
対する韓氏は一国二制度について「知らない」と発言したり、庶民派のイメージが強い中で投資用の高級不動産物件を売買していた事実が発覚したりし、支持率は低下した。
韓氏側は「蔡氏が香港デモを選挙に利用している」と批判した。香港デモを契機とした台湾の主権への危機感が蔡氏圧勝の最大の要因であることには疑念の余地がないだろう。
【立法委員*2選挙】 *2…日本の国会にあたる立法院に所属する議員。台湾は一院制。
総統選と同日実施された立法委員選挙では、与党民進党が改選前68議席から7議席減らしたものの、61議席を獲得し、定数113議席の過半数を維持した。
最大野党国民党は改選前35議席から3議席増やし、38議席を獲得した。
柯文哲台北市長が率いる新党 台湾民衆党は比例代表で5議席を獲得し、立法院で第3勢力となった。
苦戦が予想された時代力量は改選前の5議席から減少したものの、比例代表で3議席を獲得した。
<背景分析>
総統選では台湾の主権・民主主義の保持を主眼に蔡総統へ投票した有権者も、立法委員選では第1次蔡政権の4年間の執政への不満から、一定数が民進党以外の政党へ投票した。その結果、民進党は比例区で16年選挙と比較して10%近くの得票率を失った。
こうした有権者は外交(対中国政策)では民進党を支持したものの、今後の内政面については民進党政権に対するチェック機能を期待して他の政党へ票を投じたものと考えられる。
上記の背景から台湾民衆党は結党後初めての立法委員選挙ながら第3党へ躍進した。現地識者によると台湾民衆党の集会には20代を中心とする若者の姿が顕著に目立っていたとのことだった。
4. 今後の主な注目ポイント
①中国との関係
選挙後の12日、中国外交部は「国際社会が引き続き『一つの中国の原則』を堅持することを期待し信じる」と表明するとともに、「台湾問題は中国の内政である」と強調し、「台湾は中国の一部である」との従来の立場を繰り返した。
中国政府は既に19年8月から中国人個人客の台湾への旅行を制限している。一部で両岸貿易に対して中国側が規制をかける等の懸念の声もあるものの、米中貿易摩擦が完全に鎮静しない中、中国国内経済にもネガティブな影響のある圧力を台湾に対してかけることは現状考えにくい。当面は台湾への旅行規制の継続、中国でビジネスや留学をする台湾人への優遇政策の強化に留まるとみられる。
②国民党の今後
今回の選挙で惨敗を喫した国民党の中から、若手議員を中心に国民党が対中政策の柱とする「九二共識*3」に代わる新たな姿勢を打ち出すべきだ、との声が挙がっている。
しかし、近年の国民党の主流派は九二共識をもとに中国との緊密な関係を築くことを強く支持しているため、今後は国民党の中で大きく意見が割れ、対立や分裂をする可能性も否定できない。今回の選挙結果の責任をとり国民党執行部は総辞職した。今後の国民党を運営する執行部の舵取りが注目される。
*3…92年に香港で開催された台中交流窓口による会談において、双方とも「一つの中国」を認めながらも、その解釈はそれぞれ異なるとする合意に達したという考え方。
5. 補足(経済指標)
選挙後の為替は選挙結果を好感しやや台湾ドル高方向へ動いた。
株価は、民進党政権の政策と関連する半導体、金融、風力発電関連株が上昇した。一方で、中国からの観光客減少を懸念して観光関連の株価は低下した。
以上
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