先進都市・上海におけるクルマ購入の意識(現地報告)
現代文化研究所アドバイザー 堀田 政志
(元・日系自動車メーカー 中国部勤務)
はじめに
筆者は2024年11月に中国の先進都市である上海に滞在し、旧友の現地投資家たちとお会いする機会があった。その際に、車の買い替えを検討しているという話になり、特に新エネルギー車(NEV;New Energy Vehicle)を含めた購入意識がどうなのか、彼らの視点を聞いてみた。
<登場人物>(実在)
①投資家:上海人。高校から米国に留学し、MBAまで取得して、4年前に帰国。現在、投資家として活躍中。30代前半
②新車販売店オーナー:中国大陸に欧州メーカー、日本メーカーの販売店を複数所有する実業家。50代前半
③買替希望のオーナー:BMW(ガソリン車)を所有し、現在、買い替えを検討している。30代後半
以下では、上海での“クルマ”を取り巻く環境と、その購入への意識について、現地事情をもとにした視点でレポーティングする。
上海のクルマ事情
上海の空港から市内までの高速道路や上海市内の市街地を走行している車は、新エネルギー車の緑色ナンバーと、ガソリン車(内燃機関)の青色ナンバーの車がほぼ半数である印象であった。特に中国のライドシェアは、ほぼすべてが新エネルギー車であり、その普及に一役買っている。以前のタクシーは掃除が十分にされていなく、決して綺麗とはいえなかったが、現在の中国のライドシェアの多くは個人所有の車を兼用していることが多く、清潔な車が多くなってきた。
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新エネルギー車の代表格である電気自動車(BEV;Battery Electric Vehicle)は充電が普及への課題とされるが、一部の中国メーカーは電池交換ステーションを市内各所に設置し、ひっきりなしにお客様が訪れていた。特に、写真のメーカー(蔚来・NIO)は電池交換3分を目玉にしている。交換自体は3分でも車両の入れ替え等にどうしても時間を要し、ガソリン車のクイックな給油と比べ、利便性に大差がある。また、便利な場所にあるステーションでは順番待ちの車も見かけた。
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新車販売店オーナーの談話
上海では、数年前から欧州メーカーの収益は厳しい状況が続いていたが、現在は日本メーカーも厳しくなっている。新車販売は、メーカーからの販促支援金で赤字を埋め、サービス作業と補修部品の売り上げで、経営が成り立っていた。しかし、新車販売時に定期メンテナンスを車両価格に含めて販売するメーカーは、「サービス工賃と部品の収益」を先取りしているために、新車販売が苦しくなると構造的に収益がとても厳しくなるものであった。また、販売店報奨金を多く得る手段の一つとして、グループの1社に赤字を集中し他店を優秀店とし、グループとして報奨金を多く得ることを過去には行わざるを得なかったとも明かしている。
なお、筆者の経験では、自動車販売店のビジネスモデルは、一般的に年間1,000台の新車を販売すれば、3年後からメンテナンス、事故修理のサービス作業と部品の売り上げで大半の販売店経営の経費をまかなうことができ、5年後からは収益に貢献することができていたものである。
買替希望オーナーの視点
今回お会いした買い替えオーナーの日本車に対する評価は、高品質で実用的に優れているが、スタイリッシュではなく、内装は2世代前で遅れており、価格も高い。楽しみたいのは、運転ではなく、それぞれが求める利便性であり、快適性であり、娯楽性であって、車の中で何でもできることが大切であり、大画面のディスプレイは言うに及ばず、スイッチ類や内装の見栄えが非常に大切であるという。とはいうものの、安価に購入したいとのことであったので、筆者が「ガソリン車のナンバープレートを売り、新エネルギー車を買えば補助金も貰え、準備するお金は数万元で済む」と助言したところ、「面子(メンツ)がない」とのことであった。
この「面子がない」という意味は、「従来から市内に住んでいる上海人は、ガソリン車のナンバープレートを既に所有しており、これが一種のステイタスと考えている。新エネルギー車の緑ナンバープレートは、新エネルギー車が登場した頃は、時代を先取りした人(トレンディーな人)から、いまは無料で入手でき、補助金もあるので、プレミアム感がない。新エネルギー車ではなく、ガソリン車を購入する方が周りの人に対し『面子』があるのだ」と説明してくれた。面子とは、日本人には理解が難しい中国特有の感覚で、体裁や誇り、見栄、気丈といった意味合いがあるものである。
一方、筆者が、11月中旬には広州モータショーがあるので、そこで各メーカーが新車を発表するから少し待ったらどうかと助言したところ、新しいレクサスESは何とかこのお客様の水準に達していたようで、購入に向け商談を始めるとのことであった。
いずれも、数年前までは定価販売が普通であったプレミアムブランド車も、最近は販売直後から値引きが一般的になっていて、定価で30万元の車が、販売直後からローン利息込みの24万元で販売されており、これらの情報がインターネットで誰でも閲覧できるようになっている。中国では消費者保護法において、各メーカーがお客様への販売価格を決めるのではなく、各販売店がそれぞれ独自に決め、開示することが許されている。この点、日本に比べ、実際の購入価格がより柔軟に公開されていることになるため、市場での競争はより激しくなっていくのだろう。
上海の“変不変”
今回、前述の買替希望オーナーはレクサスにお目が掛かったようだったが、いまは世界の先進都市と言っても良い上海はどのような変化があるのであろうか。
実は、上海の街を歩くと、以前は高級ブティックであったところがシャッター街と変化し、外灘(バンド)の高級レストランやルーフトップバーは閉まったままで、お金を使わなくなったと感じた。しかし、投資家と話をすると、2022年は北三環路のサービスアパートを買い上げ、リノベーションを行い、ホテルとして販売し、そのリターンは40%であったという(23年は20%、24年は30%程度で推移とのこと)。また、市内の一等地である新天地のマンションは、値が下がっていないとのことである。
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庶民が食事をする場所は相変わらず賑わっており、肉包(肉まん)が5.5元から7元(約140円)と値段が上がっているが、日本に比べ安価に食することができ、実際の人々の暮らしは苦しくなっていないように感じる。実際、肉まん1個とお茶を飲めばお昼ご飯には充分であるし、日本のコンビニよりも安価で美味しい。
一方で、今回一番驚いたことは、「日本に比べ上海の人は本当に豊かになりました」という旧友の言葉であった。上海人の年金は、一般的に約1万元で、共働きが多く、一家の収入は2倍(約40万円)となる。大半の上海人は、自宅を保有し、これだけの年金があり、日本より実質安価な食費で快適に暮らすことができている。この事例は、上海の病院で事務員をしていた方で、ごく一般的な中間層の上海人である。また、中国の年金制度は、戸籍・実際の住所等によりに大差があることも注意が必要である。
さらに、いわゆる国内インバウンド客が多く集まる上海の「南京東路」は観光客で混雑していた。日本で報道されている中国経済不況論は、切り取り方次第で実態を正しく報道されてない面もあると痛感する。
先進的な国際大都市であるから、ターゲットとするお客様をよく見たマーケティングがより大事であると再認識した。だからこそ、「日本車が厳しい」と言われる中にあっても、しっかりと現場を見つめ、お客様に寄り添い、地道な活動を続けていくことが、根強いファンを裏切らないことになるのだろう。
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注:本レポートは筆者の現地経験談にもとづいた見解であり、直近の実態やその数値などを反映、評価しているものではありません。
注:本レポートは執筆者個人の見解であり、使用する画像等の材料を含め、弊社および弊社と関連する機関等とは関係がありません。
《著者紹介》堀田政志(ほった・まさし):愛知県出身。日系自動車メーカーに43年間勤務し、うち19年間は海外駐在。特に中国は15年間と長く、北京4年・広州3年・上海8年と3大都市に駐在し、カスタマーサービスや渉外関係の業務を担当。22年日本に帰任。24年から現代文化研究所のアドバイザーに就任し、海外から日本へのインバウンド業務にも参画。