「激化する自動車メーカーの生存競争」
~上半期決算が示す海外自動車メーカーの企業格差~
現代文化研究所アドバイザリーフェロー 保田明宏
パンデミック後に享受してきた”売り手市場“が一転し、海外の主要自動車メーカーの収益力を損ねている。深刻なのは、「100年に一度の大変革期」という合言葉で取り組む電動化シフトなど、巨額の先行投資を伴う事業改革を今の収益力で補え切れるのか、という点だ。さらに、中国など主要市場の先行き不透明さは拭えず、また長引く国際紛争や主要国の政権交代は国際ビジネスである自動車産業の事業環境を揺さぶり続けている。先ごろ相次ぎ発表された海外の主要自動車メーカーの今年上半期(1~6月)決算は、そんな分水嶺に立つ各社のジレンマが見て取れる。いよいよ、自動車メーカーの最後の生存競争が始まったかもしれない。
1年間で利益が計2兆4,400億円減った
海外の主要自動車メーカー10社の今年上半期決算によると、営業利益率は平均で7.7%にとどまり、前年同期の9.7%から2ポイント下落した。金額でいえば、計2兆4,431億円の利益を損ねたことになる。人件費や原材料費、輸送費などのコスト増と合わせて、販売環境が一変したのも各社の収益力を想定以上に弱めた要因だ。品薄から値引きをしないで売れた「売り手市場」が終わりを告げ、再びし烈な競争から利益を得にくくなった、というわけだ。
こうした傾向は、これまで高い収益力を誇ってきた独メルセデス・ベンツも例外でいられなかったようだ。上半期の新車販売台数は前年同期に比べ5.6%減だった。このうち「カーズ」と呼ぶ乗用車部門は営業収益こそ前年同期に比べ5.7%減ったが、それ以上に営業利益(EBIT)は同35.8%減、額にして28億ユーロ(約490億円)減と大幅なマイナスに見舞われた。
メルセデスの営業利益率が10%割れに
メルセデス・ベンツにとって、主軸である乗用車部門の減益はそのまま全体に響く。営業利益率をみると、この上半期が9.6%で、前年同期の14.1%から4.5ポイント落ち込んだ。四半期では1~3月の第1四半期が9.0%、4~6月の第2四半期は10.2%で、これまで絶えず14%前後の高利益率をキープしてきた同社乗用車部門にとって、異常事態ともいえる水準だ。
減益の要因をみると、マイナス33億3,500万ユーロ(5,760億円)を計上した「ボリューム/構造/正味価格」が主犯。その意味するところは、販売台数やインセンティブ代の増減で、まさに本業の領域だ。懸念される理由は、昨年上半期には同分野はプラス22億6,100万ユーロ(3,905億円)、一昨年の2022年上半期もプラス32億5,100万ユーロ(5,615億円)と反対に増益要因だったこと。つまり、昨年までは稼げていた領域が、このわずか1年で損失の主要因に変わり、同社はそこに対応できなかったわけだ。深刻な事態というのはそのためだ。
フォードは主力のICE事業で営業利益率が半減
一方、地域の市場要因で業績格差が広がっているのも注目する点だ。ゼネラル・モーターズや現代自動車は、北米市場でしっかりと稼いだ。半面、同じ北米を主な拠点としているフォードモーターは営業利益が3割減と苦戦した。同社は製造コストの上昇を理由に説明しているが、収入の8割近くを占める内燃機関(ICE)モデルの事業部門「フォード・ブルー」での収益力が著しく低下している。昨年4~6月期には9.2%あった営業利益率が、翌7~9月期に6.7%へ、次いで10~12月期にまで3.1%にまで落ち込んだ。わずか半年の間で3分の1に稼ぐ力が縮小した勘定だ。今年に入ってからも1~3月期が4.2%、4~6月期は4.4%と若干持ち直しているものの、依然として前年同期の半分以下の水準に沈んだままだ。
フォードが製造コスト増に悩んでいるのは、他社に先駆け取り組んだ電動化の軌道修正ゆえと見られている。加オークビル工場で計画していた電気自動車(BEV)生産を取りやめ、2026年からガソリン車の大型ピックアップトラック「Fシリーズ」を生産することにしたのも、フォード・ブルー部門を圧迫する理由のようだ。さらに、この8月22日には一度は延期とした3列シートの新型BEV生産の中止を明らかにしたところだ。
BEVはまだ儲からない?!
電動化への積極投資を続ける海外メーカーにとって、BEV事業は収益を伴わないビジネスなのか、も今回の決算で浮き彫りになったテーマだ。BEV専業でトップメーカーであるテスラの今年第2四半期(4~6月、Q2)決算は、まさに「BEVの陰り」を象徴する出来事として世界のメディアは大きく報じた。販売台数は2四半期連続で前年実績を下回り、営業利益も同じく減益。同社の強みでもある排出枠販売による「規制クレジット」は、年間のQ2で前年同期比3倍強の9億7千万ドル(1,432億円)を計上し、何とか見栄えを保ったのも疑念を感じさせるアイテムになった。
だが、意外にも各社トップからは決して「BEVを諦める」という言葉は聞こえてこない。元々バランスを欠いた電動化シフトへ懸念を示していたBMWのオリバー・ツィプセ会長も、「BEVは、2024年上半期の販売増にプラスの影響を与えた」と指摘。同社として高価格モデルとともにBEVの積極的な品揃えがブランドミックスとしてブランドの高付加価値づくりに寄与したと説明した。実際、BMWグループのBEV販売はこの上半期、19万614台と前年同期に比べ24.6%増と伸ばした。MINIやロールス・ロイスが中国市場で苦戦するなか、BEVの商品展開こそがグループの成長を支えたと見ているのは確かだ。
ボルボのBEV粗利益率が20%台に
ボルボ・カーズも、好業績にBEVが貢献しているという。脱ICEを宣言した同社だが、BEVの品揃えはまだ少なく、この上半期の販売台数も9万台に過ぎないが、レガシーメーカーでは伸び率でトップとなる53%増をマークした。特筆すべきは、その粗利率。1年前まで1ケタ台だったBEVの粗利率が、この4~6月期には20%に達し、同社NON-BEV並みの収益力を示したという。
とはいえ、電動化への投資は膨らむ一方だ。VWグループは2022年から5年間で890億ユーロ(約15兆3,700億円)を次世代の電動化技術の研究開発に投じる計画だが、この半年間だけでも前年同期比22.2%増となる92億9,300万ユーロ(1兆6,051億円)を費やした。ステランティスは電動化などのために2025年までで300億ユーロ、当時のレートで3兆9千億円以上を、今年に入ってからも南米で約9千億円を追加投資する計画を打ち出している。
膨らむ投資に耐えられる自動車メーカーは?
研究開発費以外でも、バッテリーの生産設備やデジタル投資も相次ぐ見通しだ。一部では、2030年までに世界の自動車メーカーは合わせて5,150億ドル以上、日本円で75兆円以上の投資を計画している、といわれている。しかし、最大の自動車市場である中国が7月22日から主要金利を引き下げるも景気不安を拭えず、米国経済も先行き不透明感が強まっている。とりわけ、EV優遇政策も論点にする米大統領選や、欧州の環境政策など自動車メーカーにとって先の見通しが定まらない政治案件も横たわっている。
この上半期の各社決算、予想以上の企業間格差が垣間見れた。同時に、収益力を担保に次代を切り開くための投資ができることを前提にいえば、営業利益率で10%を切る収益水準は生き残りへの分水嶺かもしれない。中国メーカーや新興国メーカー、そして日本メーカーが割拠する世界の自動車産業にあって、アディショナルタイムなき競争の時が迫っている。
注:本資料は執筆者個人の見解であり、使用する画像等の材料を含め、当社および当社と関連する機関等とは関係がありません。
画像の出所は各社公式ウェブサイト
《著者紹介》保田明宏(やすだ・あきひろ):日刊自動車新聞社元取締役。退職後、自動車産業専門のシンクタンク「モビリティ・ラボ」を開業。世界の自動車産業ニュースを扱うネットメディア「MOBI TIMES(モビ・タイムズ)」も運営する。2024年5月から、現代文化研究所のアドバイザリーフェローに就任。1962年大阪市生まれ、62歳。