【Mobility Forecast】自動車CASE進展の黒子役「伸銅」の現状と今後の展望 ~足元のカーボンニュートラル加速に伴う電動車普及は伸銅業界の追い風となるか~
ポイント
- 自動車の「伸銅」の使用量(重量ベース)は、エンジン車(ICE)に対してハイブリッド車(HEV)では約2倍、電気自動車(BEV)では約4倍となり、電動化・電装化の黒子役として重要な役割を担う。
- 伸銅の需要量は堅調に拡大、電動車の普及に加え、自動車の先進安全装備の拡充も一因。
- 伸銅業界は、自動車電動化等のビジネス機会拡大に向け、高機能・環境対応製品の開発に注力。
- 一方、足元ではカーボンニュートラル加速やサプライチェーン不安定化等、急激な事業環境変化によるリスクも山積。政府等とも連携しつつ、鉱山権益やリサイクル等を含めた国際競争力の強化が必須。
1)自動車の電動化・電装化を下支えする日本の「伸銅産業」の現状
- 伸銅(品)とは、「銅や銅合金を板、条、管、棒、線などに加工した製品の総称」であり、国内企業の約60社により、’10年代以降は年80万トン前後の伸銅が国内で生産されている(日本伸銅協会)。
- 伸銅は、電動車(HEV、PHEV、BEV等)に必要不可欠な部材であり、一般的なガソリン車(ICE)に対し重量ベースで、HEV:約2倍、PHEV:約3倍、BEV:約4倍の伸銅を使用しているとされている(国際銅協会)。
- 特にICEと電動車の伸銅使用量で顕著な差が出るのは、「Liイオンバッテリー」、「駆動用モーター」、「インバーター」等の電動車の基幹部品であり、伸銅が自動車の電動化を実現するための黒子役として重要な役割を担っている。
2)自動車需要を上回る伸びを示す伸銅需要
- 次頁の図表2の通り、日本の自動車生産台数(暦年ベース)は、’15年~’19年の年平均成長率は+1.1%であり、’20年のコロナ影響前の直近5年間は比較的堅調に推移したといえる。一方、同期間の伸銅(輸送機械用)(※)の出荷量の年平均成長率は+3.8%であり、自動車生産台数を大きく上回る伸びを示している。
- 背景要因の1つが、電動車(HEV+PHEV+BEV)の台数増加であると考えられる。電動車の’19年国内販売台数は151万台、’15年から+41万台と大幅に増加しており、電動車の基幹部品であるLiイオンバッテリーやモーター等が伸銅需要を押し上げたと推定される。
注:公式統計データはないものの、輸送機械用の伸銅のうち、約7~8割が自動車向けと推定されている。
- さらに、車の安全化・自動化に向けた先進安全車・装備(AVS/ADAS)の充実化も伸銅需要の押し上げ要因の1つと考えられる。具体的には、「衝突被害軽減ブレーキ」、「車線逸脱警報」、「ペダル踏み間違い時加速抑制装置」等であり、これらの装備の’19年搭載台数(率)は過去数年間で飛躍的に増大している。これらの装備に含まれる車載用ECU(半導体リードフレーム)やコネクター端子等の電子・電装部品には伸銅が数多く使用されている。
- 安全化・自動化と共に「コネクティッド機能」も拡充されることから、通信機器・センサー等にも使用される伸銅の重要性が、今後も一層高まるものと予想され、いわゆる自動車「CASE」領域全般において伸銅の果たす役割は大きい。
3)政府・経産省および主要な伸銅メーカーの取組み
- 経産省は、国内伸銅産業の維持・強化にあたり「2030年を⾒据えた⾮鉄⾦属産業戦略」(’16年)を発表した。
- 戦略の主なポイントは、①基礎研究の強化等による環境適合製品の開発、②IoT活用による製造工程の合理化・効率化、③リサイクル・フロー(海外流出防止等)の見直し・強化、等となっている(図表4)。
- 特に自動車分野については、電動化・電装化の進展とともに、高信頼性の確保と燃費対応としての軽量化など、技術開発力の強化が肝要としている。
- 一方、同戦略の策定から5年が経過しており、足元の世界的なカーボンニュートラル実現に向けた動き(≒電動車シフト)の加速、コロナ禍や米中技術摩擦の影響等による半導体の供給不足(サプライチェーンの混乱)等、伸銅産業を取り巻く急速な環境変化を織り込んだ新たなグランドデザインの検討、策定が急務といえる。
- 政府・経産省が描いた伸銅産業の戦略に対し、主要な伸銅メーカー(三菱マテリアル(株)、DOWAホールディングス(株)、JX金属(株))が具体的に自動車向け伸銅事業の成長戦略をどのように考えているのか概観する。
- 3社の事業の大きな方向性としては、①製品の高機能化、②環境対応、の2点に集約され、いずれも従来の日系企業が強みとする領域である。一方、中国等の新興勢力のキャッチアップも著しく、個社ベースでの自助努力に加え、産官学連携や自動車企業との協業等による技術開発力の一層の強化を図る必要があると思われる。
4)日本の伸銅産業の今後の展望と課題
- 以上、自動車産業において伸銅の用途や重要度、政府や伸銅メーカー個社の成長戦略を概観した。自動車産業の足下の趨勢等をヒントに、伸銅業界の今後を展望すると想定される主な課題は以下の通りである。
- 第1の課題は、「カーボンニュートラル」への対応である。現在、欧州(EU)がトップランナーとして主導しており、自動車業界においても特にドイツ系企業が取り組みを先鋭化(参考①)させている。彼らが調達する部素材についても漸次グリーン化が採用の重要要件となり、日本の伸銅産業の対応も不可避と考えられる。
- 第2の課題は、自動車の「電動化・電装化」への対応である。先述の通り、伸銅産業にとっては需要量の拡大につながる一方、急激な電動車シフトは既存のエンジン部品用の伸銅が不要となり、総量として需要減や、求められる伸銅の種類も電池用の銅箔やモータの巻線等に偏る等、一部事業の縮小など製品ポートフォリオの見直しが必要になる可能性もある。
- 第3の課題は、伸銅の安定的供給のためのサプライチェーン構造の安定化・強靭化である。川上の鉱山資源の確保や鉱山従事者の人権問題への配慮、川中の精錬・製造工程の環境負荷低減、川下のリサイクル事業の強化等である。特に上記カーボンニュートラルの潮流に加え、国家戦略として急速な電動化を進める中国等による鉱山権益・リサイクル資源の囲い込み(それに伴う銅価格の急激な高騰(参考②)、需給のひっ迫)等への対応が最も大きな課題といえよう。
関連情報
- 2030年を⾒据えた⾮鉄⾦属産業戦略の概要(経済産業省 2016年
- 日本の自動車産業 四輪・生産(日本自動車工業会)
- 伸銅品出荷推移(日本伸銅協会)
- ASV推進計画関連資料「ASV技術普及台数調査」(国土交通省)
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