持続可能な地域モビリティサービスを考える/自販連「自動車販売」

日本は今後団塊世代の加齢により、2025年にかけて後期高齢者の増加ピッチが顕著に高まる。交通手段として車への依存度が高い社会の中で、自家用車の運転中止者が増加し、移動困難者への対策の緊急性がより切迫したものとなる。本稿では、その対策としての地域モビリティサービスの提供に関し、最大の課題となっている「事業の持続可能性」に焦点を当て、方向性について考察する。(弊社取締役、白木節生が、正規ディーラーの全国組織である一般社団法人 日本自動車販売協会連合会(自販連)様の機関紙『自動車販売』8月号に寄稿した内容を紹介します)

 日本は2025年に団塊世代の全てが75才以上となり、同年の75才以上の人口は2180万人(中位推計)と、今後5年間で約310万人増加(+16.5%)する。人口構成比では2・9%の上昇で17.8%となり、後期高齢者の増加ピッチが高まる。(図表1)
人口見通し
 弊社調査によると、自動車の運転中止年齢の平均値は76才であり、2022年頃から運転中止者の増加ペースが強まっていくと想定している。(図表2)

 地方部ほど、移動における自家用車への依存度が高く、運転ができなくなった人々への移動手段の提供が必要となり、その対策の緊急性がより切迫したものとなってくる。
 公共交通の利便性は地方部ほど悪く、弊社調査結果では、人口10万人未満都市・町村部では、鉄道駅まで3.5km以上、バスの運行間隔は1時間に1本が平均である。(図表3)

 公共交通の利便性評価では、全国平均でも30%の人が不満を持ち、人口10万人未満都市・町村部では不満率が45%を超え、ラストワンマイルに大きな課題を抱えている。(図表3)
 近場の用途でも自家用車への依存度が地方部で特に高く、例えば最寄りの鉄道駅にも自家用車で行く人が4割以上と多い。地方部は自家用車への依存度が高い結果、徒歩量が都市部よりも少なくなる傾向も見られる。(図表3)
 自家用車がないと「かなり困る人」は全国平均でも84%と高いが、「移動ができなくなるほど困る」という深刻な人は、人口30万人未満都市で5割以上、町村部では73%に及ぶ。(図表4)

 これまでも、移動困難者への対策については、各省庁からの補助金支給を受けた様々な実証実験が、全国各地で続けられてきた。しかし、最大の課題は事業の採算性確保による持続可能性の困難さにあり、補助金終了後は持続できなくなるケースが多く、まだ成功例と呼ばれているものは少ないと言われている。

 加えて、コロナ禍の影響で地方の公共交通事業者の経営環境は一層厳しくなっている点も懸念材料である。
 この大きな社会課題に対し、本来は公的負担で恒常的に支えることが求められ、今後提言活動も必要になると考える。

 20年度からは自販連とトヨタ・モビリティ基金(TMF)の連携により、自販連の会員ディーラーが取り組む地域支援活動をTMFが資金面で支援する助成事業(2年間)を開始している。
 非常に社会的意義の高い事業であり、弊社は、TMFからの委託により事務局を務めさせていただいているが、各案件の成功を願い後方支援していきたい。
 本稿では、最大の課題である「事業の持続可能性」に焦点を当て、方向性について考察してみたい。

新ビジネスデザインでグッドフォーカス賞を受賞した「チョイソコ」

 チョイソコは、アイシン精機(株)が開発した「健康増進のための乗り合い送迎サービス」の仕組みで、地域の交通不便を解消し、主に高齢者の外出促進に貢献するデマンド型交通である。
 同社広報資料によると、従来のデマンド型交通と異なり、民間企業が事業主体となり、エリアスポンサーによる協賛・広告料を得る(停車所設置や広告掲載でメリット提供)ことによる採算性向上を特長としている。

 19年4月に愛知県豊明市でサービスが開始されたが、20年4月時点で豊明市を含め50事業者にまでスポンサー数が増加したという。またチョイソコは、単なる運行システムの提供にとどまらず、高齢者の健康増進につながる外出促進のコトづくりを推進する目的を含み、日本流のMaaS発展に向けたプラットフォームを目指している。

 他の多くのデマンド型交通の運行システムが、デジタルアプリを活用するのに対し、豊明市の利用者特性に合わせ、全て電話での予約制を取っている。

 同社資料では利用者の平均年齢は74才であり、アナログの良さを生かした「チョイソコ通信」という会員誌を定期的に発行しており利用者に好評で、外出機会創出に寄与すると共に、それがスポンサーを呼び込むことにもつながっているようである。

 新ビジネスデザインでの受賞理由では、民間企業主体の企画・運行で、高齢者利用に合わせたシステムの構築、採算性を向上させるエリアスポンサーによる協賛型ビジネスモデル、外出を促進し健康増進につなげるイベント等のコトづくりを目指している点などが評価されている。

 数少ない成功例の一つとして話題に上がることも多く、今回の自販連・TMF連携案件でも、チョイソコモデルを活用した活動が複数案件含まれており、実績を生かした今後の成果が是非期待される。

デマンド型交通の最適化にとどまらない付加価値サービスへのチャレンジも増加

 デマンド型交通は、利用者のニーズに合わせ、乗降ポイントとタイミング、運行ルートを最適化する仕組みが基本となっており、様々な主体がMaaSのプラットフォーム化を目指して、各地で導入を進めている。

 代表的な主体としては、ソフトバンクとトヨタ自動車が共同出資し設立したモネ・テクノロジーズ(株)がある。
 業種をまたぐ590社(7月半ば時点)が同社のコンソーシアムに加盟しているが、企業や自治体に対し、MaaSを実現するために必要な基盤となる「MONETプラットフォーム」を提供している。

 20年4月末からはその機能を拡充し、MaaSシステム構築に必要なデータやインターフェースを提供する「MONETマーケットプレイス」もプレオープンした。
 オンデマンド交通を中心に数多くの課題解決に取り組んできた経験を通し、MaaSを実現するために必要な情報として、クレジットカード決済、QRコードによるチケット手配、天気予報、るるぶDATA(観光・エリア情報)などの機能を付加したようである。

 また一方、鉄道会社の多くも、MaaSのプラットフォームを目指した動きを加速している。
 一例として、小田急電鉄はMaaSアプリ「EMot(エモット)」を推進している。基本機能は、複合経路検索サービスと電子チケットの発行であるが、「観光型MaaS(箱根)」「郊外型MaaS」「MaaS×生活サービス」の3つの独自タイプの実証実験を実施し、期間も今年年末まで延長した。そのうち、「郊外型MaaS」では大型商業施設で税込2500円以上の買い物をした方に小田急バスの往復無料チケットを発行するもので、これにより商業施設の利用者の増加効果が見られたとのことである。

 また「MaaS×生活サービス」は、月額のサブスクリプション型で、立ち食いそば、パン、おにぎりの各店舗を1日1回利用可能というプランだったが、塾通いの子供等の持ち帰り需要などでは効果がみられたようである。

 こうしたMaaSと生活サービスとの組み合わせは、相乗効果が見込めるようなプラン内容をよく検討すれば、大きな成果がみられる潜在性はあると思われる。

DX化がもたらす効果と、中国での平安保険の好事例

 最近日本でも注目が高まっているDX(デジタルトランスフォーメーション)は、デジタルの活用を中心に据えながら、アプリ等の利用を通じ顧客接点を増やし、その接点の強さを基盤とした顧客体験価値の提案力による収益機会創出を目指すものである。

 デジタル活用の本質的な利点は、顧客個人の情報を全て蓄積でき、AIなども活用しながら、個客のニーズに対応したパーソナルな情報提供や提案ができることにある。採算性が最大の課題となっている国内MaaS事業でも、DXの利点を生かすことに新たな活路があるのではというのが本稿の問題意識である。具体的には、民間企業にメリットを提供でき、多くの協賛を得られるような方向性がDX化で推進出来れば理想ではないかと考えている。

 直接MaaSでの事例ではないが、DX化によるメリット創出の成功事例として、中国深圳にある平安保険(ピンアン)グループの事例を紹介する。

 平安保険は、1988年に創業した保険会社だが、2013年から危機打開策として中核の金融ビジネスの枠を超え、デジタルを活用して医療、健康、移動、住居、娯楽といった生活圏のサービスを拡大し、17年からの1年間で株価が倍増、18年末の株式時価総額は民間企業としてアリババ、テンセントに次ぐ第3位に躍進した。
 躍進の原動力は、顧客の経験・行動データを重視し、顧客志向型の経営を徹底したことにある。
 同社の医療・健康アプリ「平安好医生」は3億人以上の利用者を獲得しており、アプリ上で開業医に無料で問診を受けられる機能や、病院を検索し医師のプロフィールやクチコミを参考に選別して予約ができる機能を提供。

 また歩数計を確認するとポイントが付き、そのポイントでアプリ内の健康食品、栄養サプリ、美容品、医薬品等の購入に使える機能もある。毎日の利用を促す仕掛けも寄与し、このEコマースが大きな収益源となっている。アプリを開く度に同社の商品やサービスの広告宣伝ができる。また保険の営業スタッフは、アプリを無料でダウンロードしてもらうための説明に注力し、役に立つアプリ利用を通じ企業イメージを向上させる。またアプリの利用状況を常に管理しており、個客の状況に合わせた適時・適切な提案をすることで、保険契約と信頼性獲得に大きな成果が得られる仕組みが構築されている。

 このようにデジタル化でのデータの有効活用がDX化の真価であり、今後国内MaaS事業でも中長期的視点で取り入れる価値があると思われる。

持続可能なMaaSモデル構築に向けた3つの切り口

1.「誰もがアプリを使えるようにする」入口段階での機能の充実

 高齢者の利用が主体のMaaS実証事業では、ITリテラシーの低い方々のアプリ利用の困難さが、入口の段階で大きなネックとなっている。
 しかしDX化で得られるメリットの大きさを考えると、何とかこの大きな壁を上手く乗り越えることが重要と考える。
 そこでUXデザインと呼ばれるような利用者側の立場に立った設計によるインターフェースの開発力が大変重要となり、使い易さの徹底追求が望まれる。アプリ操作でつまずいたケースなどをAIでデータ解析し、高齢者の理解度に合わせて操作を最も容易にする機能の実装に注力することも意義深く、デマンド型対応のオペレーター費用の削減にもつながるだろう。
 今まで注力度は高くなかった視点だが、極めて重要なことと考える。

2.企業の協賛金を集められるコンテンツによる事業採算性の革新

 協賛企業へのメリット提供として、乗降場所での協力のみならず、協賛企業が扱う商品・サービスとの接点をアプリ上で提供することも意義深い。
 例えば、健康をテーマとした移動・スポーツ・健康食品・医療介護・ヘルスケアの商品・サービスなどの広告及びネット通販機能等の提供を通じ、協賛企業からの協力金のレベルを大幅に高めることを目指すことも可能である。
 MaaSビジネスの最大の課題である事業の採算性・永続性向上に関し、財政が厳しい自治体予算への依存度を軽減するブレークスルー策となり得るのではないかと期待する。

3.デジタル情報管理によるPDCAで事業モデルを進化へ

 運用システムのイメージとして、利用者のニーズや利用シーンに合わせ、双方向のコミュニケーションを増進させる機能(協賛企業の情報・販促機能含む)を充実させたCRM(顧客関係マネジメント)アプリとし、利用者のロイヤルティを高めていく方策が考えられる。例えば、利用者の利用頻度、ニーズの高い時間帯・行き先、乗降ポイント、利用後感想アンケート、問い合わせや要望のチャットなど、様々なデータをデジタルで収集すれば、自動応答機能も活用した迅速なレスポンスや、課題・可能性の分析、それを踏まえた改善の検討もしやすくなる。
 MaaS事業の評価や効果測定に有効なKPI指標もデジタルで収集・管理できるよう設計し、事業モデルの進化に向けたPDCAが可能となる仕組みづくりが望まれる。
データ蓄積が増えれば、AIの活用技術により、より高度な分析やシステムの改善も可能となり、採算性向上を含む事業の洗練化に寄与するだろう。
以上、中長期的な方向性としての提案となったが、大きな社会問題に対し、今後様々な状況下で様々なMaaSの実証事業が全国で行われていく見込みの中、事業の持続可能性向上の一助にしていただければ幸いである。

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